中越地震発生時の上越線の様子

2004年に新潟県中越地方で発生した「中越地震」から10月23日で16年が経ちます。

中越地震で上越線も大きな被害を受けました。2004年は高校受験を控えた年でしたので、鉄道写真の撮影は自粛していた時期でしたが、主に受験終了後に撮影した単線運行していた上越線の写真が、パソコンデータの整理をしていたら出てきましたので紹介したいと思います。
記事内の写真は受験終了後の2005年3月頃に撮影したものです。

なお、記事内の写真は一部、過去に別サイトにて公開していたものが含まれています。

単線運行

上越線では、特に越後滝谷~越後川口で大きな被害が出たと記憶しています。特に下り線の被害は大きく、上り線の復旧を優先して単線での暫定的に運行再開をしました。
単線での運行は、2004年12月から05年3月まで行われていました。越後滝谷~越後川口間ではタブレット閉塞で運転を行い、下り列車(長岡方面)は上り線を逆走する形で運行していました。

単線運行時の上越線

1枚目は、上り線を逆走する下り列車(長岡行)の115系です。小千谷駅付近の踏切にて撮影したものです。複線での運転再開を1週間後に控えていたので、下り線の線路の工事もほぼ終ってる感じでした。

停目上りホームに進入する下り列車

2枚目・3枚目は、本来は上り専用の3番線ホームに侵入する下り列車です。下り列車用の停目も設置されていました。単線運行時は1番線は使用を休止していました。

越後滝谷駅タブレット交換①越後滝谷駅タブレット交換②

4枚目・5枚目は、越後滝谷駅でのタブレット交換の風景。運転士から職員がタブレットを受け取ってる様子です。右手にタブレットを持ってるのが分ります。

臨時ダイヤ

単線運行時のダイヤ

単線運行時は大幅に運転本数を減らして運行。徐行運転も行っていました。画質が当時のガラケーですので悪いですが、長岡方面の列車が1日10本しか無いことが分ります。

複線運転再開のお知らせ

複線での運転再開時は写真のようなお知らせもありました。

複線運転再開後の暫定ダイヤ

複線での運転再開後もしばらくは減便ダイヤで運転していたので、高校への電車通学に支障が出たのも思い出です。

終わりに

現在は県外へ転居しましたが、当時は新潟県民で震源地付近の小千谷市民でしたので被災してしまいました。

当時は健常者だったので被災生活には乗り切りましたが、もしも今みたいな車椅子生活な時だったらと思うと今でもゾクッとします。

今日で中越地震から16年、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

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